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投稿者:
晶広
投稿日:2008年 7月11日(金)03時23分20秒
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2――虚構からの逃走という倫理
2で扱われるSSは、「虚構」を出て「現実」で生きる人間たちを描くという意味では1と同じです。しかし、1がKanonで2がONE、という原作の違いが生み出す差異か、その意味するところは大きく違います。
浩平がえいえんを脱出する話は恐らく無数にあるでしょう。その発想自体がリトバス的ですが、リトバスと決定的に違うのは、ONEにおいては、なんとか脱出したいものとしてえいえんが最初から定義されていることです。対するリトバスの虚構世界は、できれば脱出したくないもの、内側にとどまっていたいものとして定義されています。故にリトバスには、どうして虚構世界から脱出しなければならないのか、という問いが発生しえます――と言おうか、発生しなければなりませんでした。実際には回避されています。ここにリトバスの弱点の一つが存在すると私は考えます。
リトバスで回避されたその問いを発し、明確に答えたONE SS――つまり1のように「おとぎ話」から「現実」へ放り出された人間ではなく、「おとぎ話」と「現実」とを差し出されて自らの意思で後者を選び取る人間を描いたSSとして、挙げられるのはまず「
永久にあなたと雨の中
」(ONE、じぎーすたーだすと)だと思います。失明という過酷な「現実」をなかったことにできる「おとぎ話」のような機会に遭遇した語り手は、しかしそれを思いとどまり、次のように語ります。
「私は、変えたくないのだ。
そう思った時、私はやっと全てを受け入れる事ができた気がした。……そりゃあ、ちょっとは残念に思うところもあるけれど。
でも、絶対になくせないものが、私にはあるのだ。」(「永久にあなたと雨の中」)
「現実」を改変したら失われるだろう「絶対になくせないもの」を守るために、語り手は「現実」を改変するという「おとぎ話」を拒み、自分が今いる「現実」を生きることを選択します。最後に、こうも言います。
「そう、確かに私は変えられたのだ
それはほんの少しの変化かもしれない
それでも私は、強くなれた
夢でも構わない
消えることなく心の中に残るものがあるのだから」(同上、原文では中央寄せ)
「それはほんの少しの変化かもしれない/それでも私は、強くなれた」とは、虚構世界を脱出した鈴と理樹を表現した文章としても通用するものです。二人が「夢でも構わない」と思うことはありそうにないですが、「消えることなく心の中に残るものがある」のは確かだと思います。そして何よりこのような言葉をなんの衒いもなく堂々と書き付けることのできた語り手は、「奇蹟」や「おとぎ話」や「虚構」といった存在を拒絶し、「現実」を選び取ることの根拠――リトバスが有耶無耶にして遂に描きえなかった「倫理」をはっきりと持っています。
これと似たようなSS、とまでは言えませんが、「虚構」から明確な意志を持って脱出する人間を描いた作品として、「
けものたちのうた
」(ONE、
まーきー
)を挙げることができます。下手な解釈や引用を拒む強靭さを持った文章なので内容には立ち入らないことにしますが、ここに描かれるえいえん的な世界――リトバスにおける虚構世界が、恐ろしく美しい文章で描かれていることには注目してもいいと思います。「虚構」が「できれば脱出したくないもの、内側にとどまっていたいもの」であることが、内容のみならず語りの様態によっても保証されているというわけです。そうした二重の保証を引きちぎって扉を開く語り手の姿は、だからこそ感動的です。
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